2006年11月30日

ぽん酢

私の隣に座っている男性の机の上には、いつも「味ぽん」が置いてある。
別に誰かからの嫌がらせではない。

「弁当食べるとき、味が薄かったらイヤじゃないですか」(←自信満々)

というわけで、彼にとっては味ぽんも、ペンやノートを同じく立派なオフィス用品なのであった。

彼は仕事柄、わりとよく外出する。
そのくせいつまでも出かける直前に余裕がない。
バサバサと机の上にあるものをかき集めてカバンのなかに流し込み、ピタッと止まってしばらく机の上を眺めたのち、ひとつうなずいてあわただしく出かけていく。
そんな彼の姿を見るたびに

「味ぽん!味ぽん忘れてるよ!」

と声をかけたくなるのであった。
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2006年11月27日

椰子・椰子

椰子・椰子(文庫版)
■■椰子・椰子■■

川上弘美さんの『椰子・椰子』(やし・やし)を読む。
薄いのとイラストが多いのとで一日で読めてしまった。

この本は、ある女性の日記形式になっている。
彼女のすごす毎日には、ほんの少し奇妙な出来事が起こる。
しかし彼女はそんな毎日を、全く自分のペースを崩すことなくきっちりと生きている。
出かけたいときには出かける。綺麗にたたんだ子供を箪笥にしまって。

そういった奇妙でとぼけた世界が、実に自然に描かれているので読んでいるほうはちっとも違和感を感じない。
むしろ、日々少しだけ奇妙な出来事が起こるこの世界にいつのまにかすっかりなじんでしまうのである。
どうやら川上弘美さんはとても綺麗に嘘をつく人らしい。

こういう人がおばあちゃんになると、

「今日、そこでもぐらに会ったのよ。
一緒に写真撮ってもらっちゃったわ。
 もぐらってあんたたちと同じくらいの背の高さなんだねえ。」

なんて涼しい顔をして子供たちに言ったりするのだ。
そして子供たちはいちいち翻弄される。
なんとなくもぐらを探してまわってみたり。
なんて素敵なおばあちゃんだろう。
私もそんなおばあちゃんになりたい。きっとすごく楽しいにちがいない。
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2006年11月24日

アジアンタムブルー

アジアンタムブルー(文庫版)
■■アジアンタムブルー■■

『アジアンタムブルー』が映画化されるらしい。
私は恋愛小説が苦手で、あまり読まないのだが、この本はかなり以前に読んでいて、そして日記を書いている。

* * *

恋愛小説というのは、他の小説により読者を「完全に」引き込まなくてはならない。
だから二人で過ごすクリスマスの夜はお好み焼きではなくボルシチであるべきだし、
部屋に置いてあるのは十分の一スケールのシャア専用ザクではなくアジアンタムの鉢植えであるべきだし、
余命少ない恋人と最後に過ごす場所は有馬温泉ではなく南仏ニースであるべきだ。

しかし、その上で読者がシンクロできるリアルがなくてはならない。

それは実にギリギリのバランスの上に成り立つものであり、そういうバランス感覚が作家の力量を測るものさしになるといってもいいだろう。
恋愛小説とはなかなか大変なものだ。

そういう観点からすれば、作者である大崎善生氏はバランス感覚に優れていると思う。
上で書いたみたいに、脇を固める小道具が小洒落たものばかりで、登場する人はなんだかいい人ばかりで、ウソ臭いといえばウソ臭いのだが、これが「恋愛小説」であるということで十分に受け入れられるものだった。

そして、主人公が、恋人が、語る言葉が美しい。
彼らの語る言葉は、ひとつひとつ、小さなかけらとなって物語のなかで控えめに瞬いている。
そしてそれは、物語が終焉に向かうにつれ、より強く輝き始める。
その光はとても美しく、そして哀しい。

* * *

この小説の静かな美しさを、映画ではどう表現しているのか、気になるところだ。
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2006年11月21日

NIKITA

私は普段、ほとんど雑誌を読まない。
しかし、発売されるとつい表紙をチェックしてしまう雑誌がある。
その雑誌の名は『NIKITA』(ニキータ)。

ナイスアデージョ
■■NIKITA (ニキータ) ■■

世間に、ちょい悪オヤジを増殖させ、さらにパンツェッタ・ジローラモ氏を「サンマさんサンマさん!」しか言わない安いピッチレポーターからカリスマモデルに押し上げたイタリア系濃厚雑誌『LEON』(レオン)の女性版である。
表紙のいかめしいイタリア女性(たぶん)が誰かは知らないが、この雑誌も、艶男(アディオス)にモテたい艶女(アデージョ)の増殖に一役買っている、と思う。

NIKITAのコンセプトはとにかく

「30代、モテる艶女(アデージョ)をつくる!」

なのだが、それを踏まえて毎回表紙にババーンと掲載されるキャッチコピーがとにかく面白い。
毎回誰が考えているのかと遠く編集部へ想いを馳せてしまうほど、そこにはセンスが光っているのだ。

・体形も洒落度(シャレード)も思いのまま!

・「柄美女(ガラージョ)」の作り方!

・アナタに足りないのは野性味なんです!
 この秋モテるのは「野獣美女(アニマリータ)」!!

・コムスメに勝つ!

・さらに、コムスメに勝つ!!(←2ヶ月に渡って大特集)

あるエッセイストがNIKITAを読んで「NIKITA語はタテヨコ自由自在である」と評しているが、なかなか的を得た表現だと思う。
で、今回は「カービーボディの作り方!」だった。
上の輝かしいラインナップに比べるといささか地味だが、横に小さく書いてある文字に気づく。

「あなたに必要なのは"若さ"じゃなくて"テクニック"!」

どうやらコレは常に表紙に書いてあるものらしい。
たいへん的確なお言葉だが、余計なお世話なのであった。
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2006年11月19日

砂漠

砂漠
■■砂漠(Amazonへ)■■

「あのひと、変わってるよね」
そう言われる人がいる。
理解しがたい発言や行動などを目の当たりにすると、人は戸惑い、この台詞を口にする。
しかし、そういう人を認める、あるいは受け入れる人もいる。
実はそういう人こそ「変わっている」といわれている人以上に、変わっているのではないだろうか。

社会人になって10年目を迎える現在の私は、伊坂幸太郎『砂漠』を読んで、そんなことを考えていた。

『砂漠』は5人の若者の大学生活を描いた小説である。
麻雀したり、合コンしたり、恋をしたり、たくさんの大きいのか小さいのかわからない出来事とともに、彼らの4年間は過ぎていく。

その様子はあまりにもリアルだ。
彼らは限りなく自由で、無鉄砲で、そして儚い。

読んでいると昔の記憶が蘇ってきた。
今ではあまり思い出すこともなくなった、けれどとてもなつかしい記憶が。

「変わった人」が「変わった人」のままでいられた。
「変わった人」を「変わった人」のまま受け入れることができた。

「変わっていること」、それを「受け入れること」のために、周囲を窺う必要などなかった。
それはなんと眩しく、いとおしい時代だったのだろう。

大学生活の終わりとともに、この小説も終わっている。
社会という砂漠に出て、長い長い時間を過ごしていく彼らに、これからどのような変化が訪れるのだろうか。
私のように、学生時代を懐かしく思い出すのだろうか。
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2006年11月17日

タンノイのエジンバラ

タンノイのエジンバラ(文庫版)
■■タンノイのエジンバラ(Amazonへ)■■

いつもより早めに家を出る。
たまにはどこかでのんびり本を読みながらモーニングを食べるのも悪くない。
そんなわけで、会社の近くにあるコーヒーショップで、デニッシュサンドとコーヒーを飲みながら、長嶋有『タンノイのエジンバラ』を読む。
本屋で背表紙を見たときから、タンノイ王国のエジンバラ市の話だと勝手に決めつけていたが、実はタンノイというメーカーのエジンバラというスピーカーの話だった。
『タンノイのエジンバラ』は4編からなる短編集で、今はもう最後の「三十歳」を読んでいる。
長嶋有氏は写真を見るといたずらっぽい目をしたひげもじゃの男性なのだが、驚くほど繊細な文章を書く。
『タンノイのエジンバラ』に収められている「三十歳」も「夜のあぐら」も女性視点の物語なのだが、いずれも女性作家が書いたといっても誰も疑わないだろう。さすが川上弘美さんの友達だ、とヘンに納得する。
posted by 飼い主M at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

グッドラックららばい

グッドラックららばい(文庫版)
■■グッドラックららばい(Amazonへ)■■

「幸せなんてわけのわからないもの、いらない」

平安寿子『グッドラックららばい』の登場人物、片岡立子(りっちゃん)の台詞である。
信用金庫勤続40年の父(←趣味は貯金)、「ちょっと家出します」と言ったきりもどらない母(←でも時々電話したり土地の土産を送ってくる)、次々とダメ男と付き合い、貢ぎながらも飄々と生きる姉、積子(←積立預金の好きな父がつけた)、りっちゃんはそんな三人に囲まれて育った片岡家の次女である。
小さい頃から貧乏とケチとささやかな幸せ的なものを憎み続けて20年。
必死の努力で名門私立女子大に入ったりっちゃんは、セレブにのし上がるため、全身全霊を懸けてさらに走り続ける。
りっちゃんはとにかくめげない、くじけない、へこたれない。
目的に向かって一直線、回り道なんか絶対にしない。
いつもどこかをキッと睨みつけている。
本来苦手なタイプの筈だが、ここまでくるとなんだか潔く、応援したくなる。
上の台詞も、りっちゃんが言うと、なんだかものすごく説得力がある。
名言だなぁとしみじみしてしまうのである。
posted by 飼い主M at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

青空の卵

青空の卵(文庫版)
■■青空の卵(Amazonへ)■■

坂木司の『青空の卵』を読んでいる。
鳥井真一というひきこもりの青年と僕(坂木司)が日常に起こる小さな謎を解決していく短編集である。

鳥井真一は複雑な生い立ちと非凡な才能が災いして、現在、僕(坂木司)を除く世界のすべてと交渉を断っている。
僕(坂木司)はそんな鳥井真一をなんとか外の世界へ連れ出そうとしている。
けれど心のどこかに、いつまでも鳥井真一とこうしていたい(独り占めしたい)という気持ちも持っている。
それをきちんと自覚して、時々落ち込んでいたりもする。

僕(坂木司)が素直な優等生すぎるせいか、ときどき理想論が強すぎてついていけない部分があるが、それでも僕(坂木司)の語る言葉は優しく温かく、心に染み入ってくる。

 平凡な僕の前に舞い降りた、いびつな形の奇跡
 非凡な物語を語る、不安定な心

この本、実はシリーズもので、この後に「仔羊の巣」があって「動物園の鳥」で完結しているらしい。

それぞれの本に謳い文句がついていて、
「卵から巣へ」
「鳥井真一は飛び立つか」
とある。

卵から巣へ、変化を続ける鳥井真一は飛び立てるか。
そのとき僕(坂木司)はどうするのか。
今からとても楽しみである。
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2006年11月13日

陰日向に咲く

陰日向に咲く
■■陰日向に咲く(Amazonへ)■■

劇団ひとり『陰日向に咲く』を読む。
会社の人がたまたま持っていたので貸してもらった。
世間の評判が思いのほか良いので、いつか機会があれば読もうと思っていた。
実際読んでみると、ほんとうに思いのほかおもしろかった。

5つの短編からなる連作小説である。
それぞれの短編の主人公が次の短編と微妙にリンクしており、すべての短編を読み終わると、それなりのカタルシスが得られるようになっている。
よく言えば、ほんとうによく言えば、伊坂幸太郎『ラッシュライフ』『グラスホッパー』的な小説だった。
劇団ひとりはネタもたいしておもしろいと思えないし、本人の雰囲気もあまり好みではないのだが、メルヘンでエキセントリックな性格というのは、こういうところで活きるのだなとヘンに感心してしまう。
posted by 飼い主M at 22:23| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

オーデュボンの祈り

オーデュボンの祈り(文庫版) 
■■オーデュボンの祈り(Amazonへ)■■

「祈る」という言葉がわりとすきだ。
祈るという行為は無償であり、同時に無力だ。
けれどそのまっすぐで一途な想いのなかに、あたたかで確かな光を感じる。

「人が祈っていいのは、自分の力が本当に及ばなくなったときだけだ」

山下和美さんが『天才柳沢教授の生活』のなかでそう書いている。こういうシンプルな潔さがとてもすきだ。
それはほんとうにその通りで、結局のところ「祈り」は自己満足に過ぎないのかもしれない。
祈ってもなにも変わらない。祈ることでは願いはかなわない。
けれど人間は祈らずにいられないときがたぶんある。
その祈りのなかに、自分ではない誰か(何か)に対する静かであたたかな愛情があると思いたい。

なぜこんなことを書いたかというと、『オーデュボンの祈り』という本を読んだからだ。
作者は伊坂幸太郎という人で、少し前に彼が発表した『重力ピエロ』という作品は、しばらく話題になっていた。
本屋に平積みされた『重力ピエロ』の帯には、編集者をして「小説、まだまだいけるじゃん!」と叫ばせたという本当かどうかすこぶる怪しいエピソードが書かれていた。
この小説は、実際に何か賞を取っていたような気がするが、私としては帯に大きく書かれた「小説、まだまだいけるじゃん!」が忘れられず、いつか読もうと思った作家だったのだ。

続きを読む(微妙にネタバレ)
posted by 飼い主M at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

はじめる

「共働きコーギー」というブログを始めて、もうすぐ10ヶ月が経とうとしている。
最初は夫がパソコンに向かってゴソゴソしているのを遠目で見ていただけだったのだが、気がつくと、夫と同じようにゴソゴソとパソコンに向かっている自分がいた。
もともと書くのが嫌いではなかったし、愛してやまないハルさんのことなので、今では結構楽しんでいる。

ところで、私は4年前から日記を書いている。
ハルさんを飼ってからは、ハルさんの話が良く出てくるようになったが、それより昔からよく出てくるのが本の話である。
私はとにかく活字中毒なので、常に1〜2冊の本を持ち歩いていて、暇さえあれば読んでいる。
1冊読むたびに色々なことを思い、色々なことを考える。
それはどれも、私にとってはとても大切なことだ。

ということで、このブログでは私の読書記録をメインに、いろいろなことを、適当に書いていこうと思っている。
posted by 飼い主M at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする