2007年01月30日

裏庭

裏庭
■■裏庭■■

『裏庭』を読む。

ファンタジーである。
カタカナのよくわからない名前の架空の生き物や場所がたくさん出てくる。
にもかかわらず、物語全体がひどく現実的であり、システマティックに構成されている。
ファンタジーだけど安易な夢物語ではない。
伏線はきちんとはってあるし、起承転結もしっかりしている。

そして、主人公の照美がいかにして自分のなかにある傷とかかわっていくかというのが丁寧に書き込まれている。
照美は「裏庭」での冒険を通じて、「いかに傷を克服するか」ではなく「いかに傷と共存するか」を学ぶ。

一度負った傷は、もうもとには戻らない。そこから先は傷と一緒に生きて行くしかない。
けれど、傷とともに生きることは決してネガティブなことではない。
傷を負うことで、人は変わっていく。
賢くなり、強くなり、そして優しくなるのだとこの本は語っているように思う。

「傷」について書かれた本はほんとうにたくさんある。
そこには、実にさまざまな「傷」とのかかわり方が示されている。
しかし、「がんばって傷を克服しよう」みたいな空気が漂っているものがほとんどだ。
その空気が感じられると、それがひどく安直で自分勝手な意見のように思えてなんだかがっかりしてしまう。

傷を負った痛みは、その人にしかわからない。同じ痛みを本当にわかちあうことはできない。
この世界に一個体として生まれた以上、この孤独は避けられない。
けれど、その孤独とともに、素敵に優しく生きて行くことは可能だ。
この本の語る「傷」とのかかわり方は、今まで読んできた本の中で一番私にしっくりとなじんだ。
posted by 飼い主M at 23:51| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月29日

となり町戦争

となり町戦争
■■となり町戦争■■

『となり町戦争』を読む。
出版された当時から気にはなっていたのだが、きっかけがつかめずに今に至る。
しかし今回、文庫版が発売され、映画化が決定し(←また瑛太が出ている。彼はほんとうにものすごく忙しいんじゃないだろうか)、雑誌で『失われた町』(←同じ作家の新作)が大絶賛されていたので、このウェーブに乗ってみることにした。

ある日、町の広報に「となり町との戦争のお知らせ」という記事が掲載される。期間は6ヶ月。
一見普通の暮らしが続く中、広報に掲載される戦死者の数はどんどん増えていく。
紹介文には「見えない戦争を描いた衝撃作」とあるが、ほんとうにそんな雰囲気だった。
主人公はそれなりにこの戦争にかかわっていくのだが、それでもこの戦争のリアルはつかめない。

対照的に、この戦争を業務として遂行する町役場の様子がとてもリアルだ。
すべてがきちんとマニュアル化され、それに従って行動する。
何をするにもまず書類。そして印鑑。
「お役所的」なこうしたルールは滑稽だが笑えない。これは戦争なのだ。

業務を遂行するためのマニュアルはあまりにも厳密で完全である。
「戦争」という特別な業務だからなおさらかもしれないが、その完全さは息苦しく、その厳密さはときに非人間的であるとさえ思う。
けれど、おそらく役所の人には、こうした厳密で完全なルールを守り、遂行する義務があるのだ。
どんな例外も認めない。認めたら彼らの守るべき世界は破綻する。

結局「見えない戦争」の裏にある「お役所」の葛藤と悲哀、そういうものに目が向いてしまったのであった。
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2007年01月28日

遠い太鼓

遠い太鼓
■■遠い太鼓■■

村上春樹さんの『遠い太鼓』を読み返している。
紀行ものやエッセイはほとんど読まないし、一度読んだ本を読み返したりもしない私だが、この本だけはなぜかとても気に入っていて、機会があれば時々読み返す。

『遠い太鼓』は村上春樹さんが37歳から40歳までの3年間、ヨーロッパに暮らした日々をつづったものである。
主にギリシャとイタリアに滞在しており、この本の舞台もほとんどがギリシャあるいはイタリアである。
それなりの平穏とそれなりの波乱をともない、作家村上春樹のヨーロッパでの毎日が淡々とつづられていく。
この淡々とした雰囲気も好きだし、エピソードごとに章が細かく分かれていて、
どこから読んでもするっと入り込めるのもいい。
ちなみに今日はヴァレンティナという女性にギリシャでの住家を紹介してもらうくだりを読んだ。
(キスマーク付きの地図はすうううううううっごく素敵だ)

この本は不思議だ。
読み始めるとすぐにするっと肩から力が抜ける。
本の中からゆっくりと立ち上ってくる優しく穏やかな空気に安心して身をまかせることができる。
同じ紀行もの(?)である、沢木耕太郎さんの『深夜特急』も悪くはないが、それでもやはりこれほどの信頼と安心感を得ることはできない。
どうして村上春樹さんにはこんな文章が書けるのだろう。私にはとても書けない。
と、書くことさえ恥ずかしいと感じるほどに、彼の文章は完成され、そして遠い。
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2007年01月22日

恋人たちの食卓

恋人たちの食卓
■■恋人たちの食卓■■

昔から料理というものが苦手である。
とにかく面倒なのだ。
何か食べようと思った瞬間に、

買い物→具材を切る→具材を焼く(煮る)→食器に盛る→食べる→食器を片付ける

という一連の動作が目の前に浮かび、そのあまりの道のりの遠さにうんざりしてしまう。

でも美味しそうな料理の出てくる映画は大好きだ。
とくにごちそうを作り上げる過程がみっちり描き出されている作品はたまらない。
自分でもなぜそれほどまでに惹かれるのかわからないが、とにかくその場面は何度も何度も見てしまう。

そんなわけで『恋人たちの食卓』という映画がとても好きだ。

ホテルで料理長をしていた父親と三人姉妹の話である。
かなり昔の台湾映画で、細かいところは覚えていないが、父親が「日曜日の夜は必ず家で家族揃って食事をする」ことを家族ルールとして定めている。
毎週日曜日、父親はたっぷり時間をかけてそれはもう美味しそうな料理を作り上げるのだが、姉妹たちはデートやら仕事やらに忙しく、なかなか集まってこない。
この映画を初めて見たときは「なんてもったいない」と憤慨したものだが、
家族というのはそういうものかもしれないな、と今では思う。
外からは幸せの条件が揃っているように見えても、家族の中には家族にしか見えないものもある。

結婚する前にテレビを録画したビデオテープを持っていたのだが、
あまりに何度も見たせいで、肝心の料理シーンがよく映らなくなってしまった。
DVDが出たら是非買おうと思って店に行く度に探しているが、いまだ見つからない。

*****
と、ここまで書いてアマゾンのリンクを探したらDVDがありました。
嬉しい。感激。早速購入することにします。
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2007年01月20日

アイルランドの薔薇

アイルランドの薔薇
■■アイルランドの薔薇■■

『アイルランドの薔薇』を読む。
作者である石持浅海氏は、J・アーヴィングや伊坂幸太郎のように
新刊が出ると「読まなければ」と思う作家ではないが、本屋で見かけると、なんとなく手に取ってしまう。
『アイルランドの薔薇』は北アイルランド問題を扱ったミステリである。
アイルランドは今も南北に分断され、カトリックとプロテスタントの悲しい争いが続いている。
『アイルランドの薔薇』はそんな悲しい争いから生まれた、悲しい事件を描いている。
探偵役の日本人フジを除くすべての登場人物が外国人なので、視点も価値観も独特だ。
フジがややできすぎであることを除けば、構成が緻密でテンポもよく、最後まで楽しく読めた。

ところで私は昔から歴史(というか社会科全般)が苦手である。
昔に何が起こって、今の世界ができあがっているのか、実はほとんどわかっていない気がする。
だから『アイルランドの薔薇』で描かれている北アイルランド問題についても、実はまったくといっていいほど知らなかった。なんだか恥ずかしい。
しかしこの本を読んで、インターネットで熱心に調べ込んだため、逆にムダに詳しくなる(←とはいっても大したことはないが)。
こういうことは、本を読んでいると時々起こる。
これもまた、私にとって、本を読むことの楽しみのひとつである。
posted by 飼い主M at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月18日

終末のフール

終末のフール
■■終末のフール■■

『終末のフール』を読む。

3年後、地球に隕石が落ちて世界が終わる。
まさにそんな終末の人々を描いた短編集である。
短編集とはいえ、1話1話きちんと読み応えがある。
色々なことを感じ、考えながら、最後まで興味深く読んだ。

人は皆、それなりに心を縛って生きている。
しかし、「世界が終わる」「未来がない」
その事実は否応無しに人の心をほどいてしまう。
良い方向にほどける人もいれば、悪い方向にほどけてしまう人もいる。
私は、どちらなのだろうか。
posted by 飼い主M at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

ハンカチ

電車のなかで、子供の集団に出くわした。幼稚園くらいの子供たちだ。
引率の先生の会話から察するに、これから動物園に行くらしい。
向かい合った4人がけの席にちまちまと6人の男の子が座っている。
みんな微妙な興奮を抱えて、落ち着かない様子がなんだかおかしい。

先生「動物園でなにがみたい?」
子供「んー、俺パンダ!」
子供「あっ!パンダパンダ!!」
子供「パンダパンダ!!」
子供「……ぱんだ?」(←乗り遅れてる)
子供「ぎゃー
先生「しー。静かに」

先生「動物園にはゾウもいるよ」
子供「えっ、ゾウいるの?!」
子供「おーっ、ゾウだー!!」
子供「パンダパンダ!!」(←間違ってる)
子供「ぎゃー
先生「しー。静かに」

引率の先生というのは、子供達を騒がせないと同時にテンションを上げるというとても難しい役目を担っているらしく、なんだか大変そうである。
しかし、そんななかでもとくに笑えたのは、彼らの持っているハンカチであった。

おそらくそういう風に指示されているのだと思うけれど、みんなズボンの前ポケットにハンカチをしまっている。
そして、それは電車に乗っている間は出してはいけないことになっている(と思う)。
しかし、彼らのポケットからは次々とハンカチが出てくるのだ。

しばたくんは、ピカチュウハンカチがたいそうご自慢らしく、先生の隙をみては取り出して皆に見せている。
そのたびに先生が

「はんかち、しまいなさい」

とたしなめる。

しばたくんの隣のはたなかくんは、タオル素材のハンカチを持ってきていたのだが、ご存知のとおりタオルハンカチというのは通常のハンカチと比べ物にならないほど体積があり、小さな幼稚園児であるはたなかくんのポケットに納まるはずもなかった。ちょっと動いただけでぼろりとポケットから出てきてしまう。
異様に膨れ上がっているはたなかくんのポケットは、先生も気になるらしく

「あっ、はんかちおちたよ」

といちいち知らせていた。
はたなかくんは、しばたくんと違ってハンカチを出したいわけではないので、その都度一生懸命しまおうとする。
結局半分も入らないのだが、その様子がなんだかいじらしい。

はたなかくんの向かいに座っているきばくんのハンカチは、幸いピカチュウでもタオル素材でもなかったが、きばくん本人に問題があった。
とにかくごろごろと転がる子供で、そのたびにポケットからハンカチが落ちるのだ。
先生は、はたなかくんとは別の意味で彼をロックオンしているらしく、彼がごろっと動くたびに、落ちたハンカチをびしっと指差し

「はんかち!」

と言う。
そのたびにきばくんは一瞬不服そうな顔をして転がるのをやめ、おざなりにハンカチをしまう。

ハンカチ出現サイクルとしては、

きばくん、しばたくん、きばくん、はたなかくん、その他(←まだいる)、きばくん、しばたくん……

といったところであった。

きばくんについては、ごろごろ転がることよりも、ハンカチのしまい方に問題があると思うのだが、先生もそこまで頭が回らないのだろう。なにせハンカチを落とす子供はきばくんだけではないのだ。

見ている私はたいそう面白かったけど、電車に乗っている間中、先生はハンカチのことしか考えられなかったと思うと不憫な気がした。
子供のテンションをコントロールし、なおかつハンカチにも気を配る。先生もなかなか大変である。
posted by 飼い主M at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

yomyom

yomyom
■■yomyom■■

『yomyom』(ヨムヨム)という雑誌を読んでいる。
新潮社から出ている小説・エッセイなどを集めた雑誌である。
もともと雑誌はほとんど読まない私だが、真っ赤な背景に描かれたパンダのヨンダくん(←ややこしい)に、ズキュンと心を打ち抜かれてしまった。

ところで私は昔から、新潮文庫が好きだった。
やわらかいカバー、それにつつまれた少しだけ古びた紙質のページ、そして紐のしおり。
そこには他の出版社にはない「本を読む人」に対する細やかな愛情を感じる。
やわらかいカバーと少し古びた紙質のページは本そのものを軽くする。
紐のしおりは読むのを中断しても、はさむものを探す必要をなくしてくれる。
(私はほんとうによくしおりを無くす。そんなときはたいていレシートを挟むが、とても不本意だ)

数年前から新潮文庫のキャラクターとなったパンダのヨンダくんも大好きだ。
新潮文庫のカバーについている応募券を集めてゲットしたヨンダくんグッズは数知れない。
ちなみに最大の戦利品は応募券30枚を集めたヨンダくんトートバッグである。
めんどくさがりの私が、人生において応募券を集めて何かをもらおうとすることなどありえないと思っていたが、案外やればできることに気づいた27歳の秋であった。
とまあこれくらい新潮文庫には愛情と熱意を持っているわけである。

ということで『yomyom』を読み始めたのだが(←もちろん応募券はついている)、これがなかなか面白い。
もともと飛ばし読みとか拾い読みができない性質で、小説と同じように最初からガッツリ読んでしまう。雑誌の意味があまりない。
しかし、普段読まないエッセイや対談集や読んだことのない作家の小説もなかなかに興味深く、なんだか得した気分になる。
半分ほど読んだが、やっぱり川上弘美さんの短編小説は素敵だし、
いしいしんじさんのエッセイを読んで直島へ行きたくなったし、
大平先生(精神科医)の対談にはううむと考え込んでしまった。
posted by 飼い主M at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする