2007年03月11日

おかえり

おかえり
■■おかえり■■

『おかえり』は、どこにでもいるような平凡な夫婦に、ある日訪れる危機を描いた日本映画である。
毎日、仕事や付き合いで帰りが不規則な夫、ピアニストになることをあきらめて家で夫の帰りを待つ妻。
2人は、少しだけ喧嘩したり、少しだけ笑ったり、少しだけ寄り添ったりして毎日を過ごしている。

そんなある日、夫は、妻の様子がいつもと少しだけ違うことに気が付く。
実はこのとき既に、妻は壊れ始めていたのだ。
夫は戸惑いながらも、妻に寄り添おうとする。
2人はこの先どこへ行きつくのか――。
とまあ、そんなストーリーである。

当然ながら、暗い。そして静かだ。
全編を通じて、音楽はほとんど流れない。1ショットごとの間がひたすら長い。

ところで私はこの作品を映画館で2回観ている。

初めて観たとき、私はまだ21歳で、就職活動の真っ最中だった。

当時の私は闇雲に面接を受けては不採用通知を受け取ることを繰り返していた。
その日もいつものようにぱっとしなかった面接官の反応を思い出しつつ、リクルートスーツの私は公園にぼんやり座っていた。
そこでふと少し先に映画館があることを思い出したのだ。
別に『おかえり』が見たかったわけではなかった。ただ、映画が見たかった。まあ、つまりは逃避である。

そうして観たこの映画は、変な話だけれど、私をとてもほっとさせてくれた。
こういう生活も、世界には確かに存在している。
今、私を取り囲んで今にも押しつぶそうとしているものは、この世界の全てではないのだ。
そう思うと肩の力が抜け、ひどく穏やかな気持ちになったことを覚えている。

その5年後、再びこの映画を観る機会に恵まれた。
結婚して数年が経っていた。

たまたま近くで『おかえり』の上映とトークショーが行われるというので、夫と二人で行ってみる。
気がつくと、私はすっかり映画にのめりこんでいた。特に、妻の百合子に。
百合子が泣いたら私も泣いた。百合子が笑ったら私も笑った。そのくらい熱心に入れ込んで見ていた。

私にとっての『おかえり』は、変わっていた。
5年前、遠く離れた場所にあった彼らの世界は、私のすぐ隣に存在していた。
彼らの世界の振動が、とてもリアルに伝わってきた。
ほっとするどころの話ではなかった。彼らが悲しくて苦しくて考え込んでしまう。彼らの生きていく道を必死に考え込んでしまう。

それは新鮮な驚きだった。

良い映画や良い本は、それに触れた人にたくさんのものを与えてくれる。
けれどそれだけではなく、私たちが今どこに立っているのかを優しく気づかせてもくれるらしい。
posted by 飼い主M at 23:50| Comment(3) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする