2008年07月01日

アフタースクール

主題歌もよかったです

『アフタースクール』という映画を見てきた。
映画を見に行くのは心も体も吹雪にさらされていた真冬の『earth』以来である。
大泉洋が主演で、他に堺雅人、佐々木蔵之介、常盤貴子、田畑智子などが出ている。

神野(大泉洋)の中学時代からの親友である木村(堺雅人)が失踪する。
その木村を探して、中学時代の同級生を名乗る探偵の島崎(佐々木蔵之介)が神野に会いに来る。
木村を心配する神野とちょっとワケありな感じの島崎は、二人で木村の足跡を追うのだが――。

ここまでまだほんとうに映画のさわりのさわりなのだが、これ以上は何を書いてもネタバレになりそうなのでやめておく。
とにかく中盤くらいに

「ぅえっ!?」

と驚かされてからの物語の展開の勢いとスピードはものすごい。おかげでトイレにも行かなかった(←気が散るとよく行く)。
確かにもう一度見たくなる人が多いのも頷ける。
なんとなく『キサラギ』と雰囲気が似ているが、個人的には『キサラギ』の方が好きだった。誰も不幸にならなかったからかもしれない。

ところで。
映画の内容とは関係ないけれど、佐々木蔵之介のどうしようもない服装が終始気になって仕方がなかった。
ダサい。ダボダボしている。ピラピラしている。佐々木蔵之介好きなのに。
昔から、テレビや映画に出てくるチンピラ的な人が何故ああいう服ばかりを着用するのがずっと不思議だったけれど、きっとポケットにゴツゴツしたイケナイものをいろいろ隠さなくてはならないからなのだろう、とこの映画を見て思う。
それにつけてもダサい。ダボダボしている。ピラピラしている。好きなのに(←まだいう)。
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2008年01月19日

キサラギ

スペシャル・エディションもアリ

『キサラギ』
近年稀にみる私的スマッシュヒット映画である。

自殺した売れないアイドル・如月ミキの1周忌に集まった5人の男。
彼らはファンサイトで知り合い、如月ミキ追悼のために集まってきた。
ところが、
「如月ミキは自殺じゃない。殺されたんだ」
と言い出す人物が。
如月ミキの思い出話で盛り上がる筈だった追悼会は、この一言から意外な方向へ転がっていき、やがてひとつの結末を迎える――。

とまあこういう話である。
密室のなか、5人の男の会話だけで、話が進行していく。
それでも最後まで全く飽きさせない。むしろ「まだ(タネが)あんの!?」という感じでお腹いっぱいになる。
5人の会話のテンポが良いのはもちろんだが、驚くべきはストーリーの緻密さだ。
無駄な布石は一切なく、後半は一気にパズルのピースが組み上がっていく。その様はまさに圧巻である。
しかし完璧に組み立てられた展開にも、ほんの少しだけ余白がある。それがまた、見終わったあとの余韻につながるのだ。

楽しくて、緻密で、温かくて、ちょっとだけ切ない。

雰囲気はまったく違うが、物語にたいする緻密さでは、J・アーヴィングの『オウエンのために祈りを』と通ずるものがある、と思う。
どうも私はこういう話がとても好きらしい。

『キサラギ』は、もともと舞台のためのシナリオだったようだ。
確かに映画を見ていて、何度も舞台を見ているようだと感じた。
『キサラギ』の舞台は残念ながら配役が誰で、いつどこで上演されていたかもわからないのだが、もし再演があるなら、ぜひ見に行きたいものである。
posted by 飼い主M at 21:06| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月25日

原作のある映画たち

近頃、原作のある映画ばかりを見ている。

かもめ食堂(小説)
■■かもめ食堂(小説)■■

間宮兄弟(映画)
■■間宮兄弟(映画)■■

博士の愛した数式(映画)
■■博士の愛した数式(映画)■■

県庁の星(小説)
■■県庁の星(小説)■■
県庁の星(映画)
■■県庁の星(映画)■■

映画というのはどうがんばっても2時間前後でまとめなくてはならない。
なので、たいていの場合、原作の内容は端折られている。

『間宮兄弟』にしても『博士の愛した数式』にしても、いろいろなところでいろいろなことが省略されているので、小説を先に読んでおいた方が、登場人物の背景がよくわかって見ごたえが出るとおもう。

ちなみに『博士の愛した数式』では、映画の序盤で友愛数の話が出ただけで、その後の展開を思い涙が出てきてしまった。

『県庁の星』は、まだ小説しか読んでいないが(←レンタルDVDが家にある)、原作ではスーパーのヌシである40代のオバサマを柴咲コウが演じているあたり、このオバサマの20歳の息子との葛藤が根こそぎカットされているとおもわれる。
二人の間でどうしようもなく絡まっていた糸が徐々にほぐれていく様子がとても好きだったので、少し残念だ。

ところで『かもめ食堂』だけは別である。
この映画を見るにあたって、登場人物に細かな設定は必要ない。
むしろそういった背景をあえて語らないことで、彼女たちの魅力はさらに輝いている、気がする。
とはいえ、そんな彼女たちをもっと知りたい気持ちもあり、結局小説もしっかり読んでしまった。
たしかに小説では、彼女たちの知られざる一面を垣間見ることができる。それなりに興味深いものはある。
しかし、映画を見る前に読んでいたら、映画の印象はずいぶん違ったものになっていたと思う。

個人的には何も知らずに見ることができて幸運だったと思っている。何でも詳細を明らかにすれば良いというわけでもないらしい。むずかしいハナシである。
posted by 飼い主M at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

おかえり

おかえり
■■おかえり■■

『おかえり』は、どこにでもいるような平凡な夫婦に、ある日訪れる危機を描いた日本映画である。
毎日、仕事や付き合いで帰りが不規則な夫、ピアニストになることをあきらめて家で夫の帰りを待つ妻。
2人は、少しだけ喧嘩したり、少しだけ笑ったり、少しだけ寄り添ったりして毎日を過ごしている。

そんなある日、夫は、妻の様子がいつもと少しだけ違うことに気が付く。
実はこのとき既に、妻は壊れ始めていたのだ。
夫は戸惑いながらも、妻に寄り添おうとする。
2人はこの先どこへ行きつくのか――。
とまあ、そんなストーリーである。

当然ながら、暗い。そして静かだ。
全編を通じて、音楽はほとんど流れない。1ショットごとの間がひたすら長い。

ところで私はこの作品を映画館で2回観ている。

初めて観たとき、私はまだ21歳で、就職活動の真っ最中だった。

当時の私は闇雲に面接を受けては不採用通知を受け取ることを繰り返していた。
その日もいつものようにぱっとしなかった面接官の反応を思い出しつつ、リクルートスーツの私は公園にぼんやり座っていた。
そこでふと少し先に映画館があることを思い出したのだ。
別に『おかえり』が見たかったわけではなかった。ただ、映画が見たかった。まあ、つまりは逃避である。

そうして観たこの映画は、変な話だけれど、私をとてもほっとさせてくれた。
こういう生活も、世界には確かに存在している。
今、私を取り囲んで今にも押しつぶそうとしているものは、この世界の全てではないのだ。
そう思うと肩の力が抜け、ひどく穏やかな気持ちになったことを覚えている。

その5年後、再びこの映画を観る機会に恵まれた。
結婚して数年が経っていた。

たまたま近くで『おかえり』の上映とトークショーが行われるというので、夫と二人で行ってみる。
気がつくと、私はすっかり映画にのめりこんでいた。特に、妻の百合子に。
百合子が泣いたら私も泣いた。百合子が笑ったら私も笑った。そのくらい熱心に入れ込んで見ていた。

私にとっての『おかえり』は、変わっていた。
5年前、遠く離れた場所にあった彼らの世界は、私のすぐ隣に存在していた。
彼らの世界の振動が、とてもリアルに伝わってきた。
ほっとするどころの話ではなかった。彼らが悲しくて苦しくて考え込んでしまう。彼らの生きていく道を必死に考え込んでしまう。

それは新鮮な驚きだった。

良い映画や良い本は、それに触れた人にたくさんのものを与えてくれる。
けれどそれだけではなく、私たちが今どこに立っているのかを優しく気づかせてもくれるらしい。
posted by 飼い主M at 23:50| Comment(3) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

恋人たちの食卓

恋人たちの食卓
■■恋人たちの食卓■■

昔から料理というものが苦手である。
とにかく面倒なのだ。
何か食べようと思った瞬間に、

買い物→具材を切る→具材を焼く(煮る)→食器に盛る→食べる→食器を片付ける

という一連の動作が目の前に浮かび、そのあまりの道のりの遠さにうんざりしてしまう。

でも美味しそうな料理の出てくる映画は大好きだ。
とくにごちそうを作り上げる過程がみっちり描き出されている作品はたまらない。
自分でもなぜそれほどまでに惹かれるのかわからないが、とにかくその場面は何度も何度も見てしまう。

そんなわけで『恋人たちの食卓』という映画がとても好きだ。

ホテルで料理長をしていた父親と三人姉妹の話である。
かなり昔の台湾映画で、細かいところは覚えていないが、父親が「日曜日の夜は必ず家で家族揃って食事をする」ことを家族ルールとして定めている。
毎週日曜日、父親はたっぷり時間をかけてそれはもう美味しそうな料理を作り上げるのだが、姉妹たちはデートやら仕事やらに忙しく、なかなか集まってこない。
この映画を初めて見たときは「なんてもったいない」と憤慨したものだが、
家族というのはそういうものかもしれないな、と今では思う。
外からは幸せの条件が揃っているように見えても、家族の中には家族にしか見えないものもある。

結婚する前にテレビを録画したビデオテープを持っていたのだが、
あまりに何度も見たせいで、肝心の料理シーンがよく映らなくなってしまった。
DVDが出たら是非買おうと思って店に行く度に探しているが、いまだ見つからない。

*****
と、ここまで書いてアマゾンのリンクを探したらDVDがありました。
嬉しい。感激。早速購入することにします。
posted by 飼い主M at 01:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

かもめ食堂

かもめ食堂
■■かもめ食堂■■

今更だが『かもめ食堂』を見にいく。

見たい見たいと思いつつ、上映期間が終わってしまってションボリしていたのだが、
都会とはいえない街の、新しいとはいえない映画館で上映されると知り、張り切って出かけてみた。
上映20分前からしかチケットが販売されず、
館内にも入れてもらえない(←扉に鍵がかかっている)映画館ではあるが、
こういうときはとても助かる。

『かもめ食堂』は思ったとおり、というより思いのほか良い映画だった。
フィンランドのヘルシンキで食堂を営む日本人女性サチエ、
そこにミドリとマサコという二人の女性がするりするりと入り込んでくる。
それから何が起こるというわけでもない。淡々と日々の生活が綴られていくだけである。

けれどヘルシンキの風景は美しく、ゴハンはおいしそうで、女性たちは魅力的だ。
いつまでも、いつもまでもこの食堂を見ていたいと思わせる。
「やりたくないことを、やらないだけなんですよ」
そんな風に生きるのは、実はとてもむずかしい。

見終わってからどうしてもおにぎりが食べたくなり、
家に帰ってすぐに、ご飯を炊いておにぎりをつくる。
4つ作って夫と2つずつ食べた。
posted by 飼い主M at 00:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月09日

八月の鯨

八月の鯨
■■八月の鯨■■

久しぶりに『八月の鯨』を見る。

ここ10年ずっと、私の中のベスト1の座をキープしている映画である。
実家にいた頃から、それはもう何回も見ているが、結婚してからは一度も見ていなかった。ビデオテープを実家においてきてしまったからである。

久しぶりに見た『八月の鯨』は、なにひとつ色あせていなかった。
平均年齢80歳以上の人間がたった5人しか出てこないし、とくに大した出来事がおこるわけでもない。
しかし私がこの映画に飽きるということは決してない。
それどころか、美しい映像がゆっくりと、シフォンのように私に降ってくる。見るたびに必ず降ってくる。
それは私を優しく柔らかく包んでくれるけれど、同時に心をきゅっとしめつけていく。

失われたものへの憧憬。
その憧憬とともに、きちんと生きていくこと。
それを思い知らせるために。
posted by 飼い主M at 20:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする