2008年06月26日

漢方小説

英語がアヤシイ

『漢方小説』を読む。

三十代前半の女性が元カレの結婚を機に体調を崩す。
身体は毎日悲鳴をあげているというのに、どこの病院へ行っても原因がわからない。いくつも病院を転々とした結果、彼女は最後に漢方医のところへ辿りつく。
そこで西洋医学とはまったく異なるアプローチで治療が始まり、彼女は徐々に自分の身体や心と向き合える強さを手に入れていく――。

解説にも書いてあったけれど、確かに三十代前半というのは微妙なお年頃である。
ある日突然「アレ?」と思う瞬間が訪れる。
明らかに今までの人生にはなかった「アレ?」に焦り、不安に駆られる。
もう自分が若者ではないということを、女性はこの時期に思い知るのかもしれない。
まさに同世代なので、そのあたりのことはとてもリアルに感じられる。コワイくらいだ。
しかし若者でなくなる、というのは別に悪いことではない。
若者にしかできないことはあるけれど、若者でなくなってからしか手に入らないものもあるのだ。
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2008年05月18日

ホルモーズ

ホルモーズ

『鴨川ホルモー』『ホルモー六景』を読む。

『鴨川ホルモー』読み始めはグズグズしていたのだが、途中から俄然エンジンがかかって、最後は夜中3時までかかって一気読みしてしまう。
その後すぐに、続編である『ホルモー六景』も買いに走り、そのまま一息に読んでしまった。
どちらもとても面白かったので、今となっては、なんだかもったいないことをしたような気がしている。

『鴨川ホルモー』は、とにかく「ホルモー」という競技(?)に関する手順や約束事、システムがリアルで固い。
実は作者は、本当に「ホルモー」をやっていたのではないかと疑りたくなる。
だからこそ、魅力的な登場人物にも「ホルモー」にも、もう興味深々なのである。

大学生というのは、本人たちは必死でも、私くらいの世代から見ると、のんびりしてどうにも間が抜けているように見える。
大学時代に一生懸命になれるモノは、社会人になってしまうと、案外省みることができないモノなのだ。だからこそ、そういうモノに一生懸命がんばっている姿はなんだかいとおしい。

『ホルモー六景』は『鴨川ホルモー』のスピンオフともいえる連作短編集である。
『鴨川ホルモー』を楽しく読めたなら、どの話もとても興味深い。
そのうえ『ホルモー六景』は短編と短編の間にしっかり横のつながりも構築されており、なんというか2度美味しい。

『鴨川ホルモー』は映画化が決定しているという。
キャストは誰か、ホルモーはどう表現されるのか、今からとても楽しみである。
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2008年04月24日

約束

約束

『約束』を読む。

石田衣良氏はそれほど得意ではないが、この本は読んでいて何度も泣きそうになる。
大切な人が、目の前で殺されたり駄目になってしまったり、そういう深い喪失と哀しみのなかにいる人たちに、奇跡ともいえる救いが訪れる。そういう話を集めた短編集である。

主人公はみな突然の理不尽な不幸に翻弄され、その姿は見ているだけでとてもつらい。
そのうえ、この本が提示する解決はあまりにも都合が良すぎる、と個人的には思う。
それでもすべての主人公が最後にそれなりに救われるという事実には、やはり心が安まる。
現実はこんなにはうまくいかない。それはもう間違いなく。
けれど、どんなに嘘臭くてもいいから、こういう奇跡が少しでも多くの人に訪れることを願わずにはいられない。
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2008年04月03日

ゴールデン・スランバー

ゴールデン・スランバーとABBEY ROAD

『ゴールデンスランバー』を読む。

伊坂幸太郎2年ぶりの書き下ろし長編ということで、期待して読み始める。
読み終えるのに思いのほか時間がかかったが、それは面白くないからではなく、読み終えるのが惜しくて何度もページを行ったり来たりしていたせいだ。
だた、時間軸が過去・現在・未来を行ったり来たりするうえ、それぞれの章にけっこう重要なキーワードが隠されていたりする。本当に油断がならないので、名残を惜しまなくてもそれなりに時間がかかっていたかもしれない。

すべてを読み終えてパタンと本を閉じたときには

「これこれ。これを待っていたのよ」

と満足感とともに思う。
けれどやっぱりまだまだ読んでいたいという気持ちは抑えきれず、ベッドに入ってまたページを捲り出す。
すると初回は読み流していたある一文に目が留まり、そこから想像が広がって眠れなくなる。

事件の20年後、あの文章を書いたのはいったい誰なのだろう。

(後日談のような)
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2008年03月03日

夏休み

夏の記憶

夏が終わる、というのはなんというか他の季節にはない独特の切なさ、みたいなものがある。
熱くて、にぎやかで、高ぶっていて、そういうものが、あるときふっと熱も喧騒も失い、やがて静かに過ぎ去っていく。
夏の終わりの生ぬるい、でもけっして暑くはない世界のなかで、それがもう二度と戻らないということを知るのだ。

だからこそ「夏休み」は特別なものである。
何かが起こる予感をはらみ、けれど何かが確実に失われる季節のなかでもまぶしいほどに輝くスペシャルな時間、それが私にとっての「夏休み」である。

中村航『夏休み』はそんな夏休みに2組の夫婦に起こったある事件の話である。
残念ながら冬のまっさかりに読んだので、「夏」の特別さをあまり感じることができなかったが、それでも十分に楽しめた。
以前読んだ『リレキショ』よりも色々なことがより具体的に描かれていて、さらに登場人物が皆とても素敵で私好みのさっぱりした人々だったので最後まで気持ちよく読めた。
あいかわらず、物事の起こる理由についてはあいまいなままの部分も多いが、今回は『リレキショ』のときほど気にならなかった。

できれば夏の終わりのぬるい空気のなかでもう一度読んでみたいものである。
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2008年02月19日

鹿男あをによし

鹿男あをによし

『鹿男あをによし』を読む。

今まさに連続ドラマで放映されている。
原作もよく知らなかったのだが、タイトルに惹かれてつい1話2話と見てしまった。そのままするすると引き込まれている。
ドラマではないが「おネエMAN’S」もわりと熱心に見ている。私は今、IKKOさんに夢中なのだ。

まあそれはともかく。

とある大学の研究室でトラブルを起こして、奈良の女子高に先生として赴任することになった、ちょっと神経衰弱ぎみの男が、ある日鹿に話しかけられる。

「さあ、神無月だ――出番だよ、先生」

そこから彼は日本を救うため、東奔西走することになる(←急にオオゴト)。
果たして彼は日本を救うことができるのか――

というのを1話2話と見ていくにしたがい、どうにも不安が大きくなってきた。
ドラマが原作をどのように再現しているのか、その時点ではわからなかったのだが、奈良という街の独特の雰囲気や鹿、日本の神や歴史をめぐる謎、そういうものが次々とテレビ画面に展開されていくにつれ、

「もしかして原作の小説は、ものすごく面白いのではないか」

まあそんな気がしてきたのである。

もし中途半端に省略されたり変更されたりしたまま(←そういう危険性はドラマ化にはけっこうある)うっかりオチだけ知ってしまうと、せっかくの小説の楽しみが半減してしまう。それはものすごく損なことのように思えた。

そんなことを考え出すとドラマもイマイチ熱心に見ることができなくってしまい、慌てて本屋に走って本を購入する。それから2日ほどで一気に読んでしまった。

結論からいうと、やはり先に本を読んでよかったと思う。
ドラマにはやはり多少の省略と変更があるみたいだが、原作の雰囲気は良く出ていると思う。1話2話を思い返してみても、さほど気にならない。
けれどやっぱり先に本を読んでこそ、「2度オイシイ」気分が味わえる作品である、と思う。

とにかくこれでようやく安心してドラマに集中できる。よかった。
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2008年01月26日

ワーキング・ホリデー

上部のヘンな毛は気にしないでください

『ワーキング・ホリデー』を読む。

ハニービー・エクスプレス、通称「ハチさん便」という宅配会社に勤める元ヤンで元ホストの主人公沖田大和と、息子を名乗って大和の前に突然現れた小学生、進のひと夏の物語である。

坂木司氏の小説は、『青空の卵』を皮切りに何冊も読んできたが、今回の『ワーキング・ホリデー』を読んで「あぁ、うまくなったな」と思った。
文章も展開も、滑らかでテンポが良い。ほんとうにするりと読める。
随分と偉そうな感想だが、本を閉じて最初に思ったのがソレなのでどうしようもない。

やはり文章というのは、書けば書くほどうまくなるのだろう。
あとは他人に読まれること、であろうか。
ある作家が何かのテレビ番組で、文章がうまくなりたければとにかく書いて書いて書きまくり、それを誰かに読んでもらうことだといっていたが、それは案外真実なのかもしれない。

かくいう私も高校時代、担任の先生に

「キミは最初に書いたことと最後に書いてあることが違うね」

といわれるほどひどい作文を書いていた。
しかしブログはもうすぐ2年、日記も足掛け8年、結構な時間を文章に費やしてきている。
……それなりの成果が上がっているとよいのだが。
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2007年12月25日

ナラタージュ

Narratage

『ナラタージュ』を読む。

芥川賞候補にもなった作家、島本理生による恋愛小説である。
島本理生作品は今回初めて読んだ。
最後まで静かな雰囲気は壊れることなく、緩やかに、しかし確実に進行する物語は、なんというか、とても切なくて苦しい。
結ばれなかったとしても、時が過ぎたとしても、好きな人というのはもう永遠に好きでいるしかないのだと、この小説は語っているような気がする。
好きになった人のことを忘れることなどできはしない。
ただ、その人への気持ちを抱えて未来を生きていかなくてはならないのだ。
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2007年12月09日

オウエンのために祈りを

大好きです

『オウエンのために祈りを』私の愛する三大巨匠の一人、J・アーヴィングの作品である。
ちなみにこのブログのタイトル「The World According To...」も、J・アーヴィングの作品『ガープの世界(The World According To Garp)』からいただいている。
アーヴィングの作品は、どれも腰がくだけるほどに好きだが、なかでもこの『オウエンのために祈りを』は読み終えた瞬間、全身にゾワゾワと鳥肌が立った他に類をみない小説である。

5歳児ぐらいの身長、異星人みたいなへんな声、ずば抜けた頭脳を持つオウエンとその友達のジョンの「信仰」と「絆」を巡る長い長い物語である。
人とは違う姿形に生まれたオウエンのゆるぎない「信仰」が、やがて、奇跡を起こす。
ジョンは親友の起こした奇跡を前に、たしかな「神様」の存在を感じるのである。
そしてジョンは祈りつづける。大好きなオウエンのために――。

この小説は、ひとつひとつのエピソードも素敵なのだが(アルマジロのエピソードがとくに好きだ)、すべてはこの最後の圧倒的な奇跡に向かって集約されていく。
この物語に出てくる人々の「宗教」や「信仰」にどうもピンとこないところがあったりして、読み進めるのに苦労したが、とにかくがんばってじっくりと読みきって本当によかった。

『オウエンのために祈りを』は、ほんとうにパーフェクトな小説だ。
なんだかニューヨーク・タイムズの映画評みたいだが、これほど圧倒的に完成された小説を私は読んだことがない。
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2007年12月06日

リレキショ

リレキショ

『リレキショ』を読む。

以前からなんとなく目を引くタイトルで気にはなっていたが、近頃ようやく読むことができた。

さて『リレキショ』。
「姉さん」と一緒に暮らす主人公「半沢良」は、深夜のガソリンスタンドでアルバイトを始める。
職場の先輩、加藤さんは「半沢良」に親切に仕事を教えてくれる。
仕事にも慣れてきたころ、「半沢良」はある少女から不思議な手紙をもらう。
「姉さん」と暮らす家には、姉さんの親友である山崎さんが時々遊びにくる。
「半沢良」と「姉さん」、「半沢良」と加藤さん、「半沢良」と少女、「半沢良」と山崎さん、「半沢良」をめぐる人間関係が少しずつできあがっていき、「半沢良」という人間が徐々に形を持ち始める――。

とまあそんな話である。

冒頭から主人公は「半沢良」という名前ではなく「姉さん」とも血縁関係にないらしい、ということがなんとなく察せられ、そしてそのまま「半沢良」は最後までとてもあいまいな存在として描かれている。
物語に明快なオチと解決を求めてしまう私としては、なんとなくがっかりしたのだが、読み終えてしばらくすると「まぁわかんなくてもいいか」とも思えてきた。
シャツにていねいにアイロンをかけてもらった「姉さん」にとっても、夜中に自家製梅酒を一緒に飲んだ山崎さんにとっても、深夜に奇妙な交歓を続ける少女にとっても「半沢良」は確かな存在としてそこに存在する。それでいいのではなないか、という気がしてきたのである。

結局のところ、人は本名や戸籍によってではなく、周囲との関係を築くことで成立する生き物なのかもしれない。
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2007年11月19日

Finland×Fabric2

Finland×Fabric2

『Finland×Fabric』という本がある。
その名の通り、フィンランドの布に関する本である。
近頃の北欧ブームに乗ってかどうかはわからないが、同シリーズで2冊出版されている。
1冊目はフィンランドのテキスタイル事情について、美しい写真を交えて書かれている。
本屋でパラパラめくって「へぇ」とは思ったが、愛読している『北欧スタイル』とかぶっている気がして購入はしなかった。

そして2冊目。
こちらは北欧の素敵ファブリックを使った手作り品の紹介がされている。こちらは今後の作品作りのためにも(←偉そう)、ぜひ手元においておきたかった。
しかし本屋ではなかなか見つからない。
その2冊目『Finland×Fabric2』を、近頃ワタクシお気に入りの雑貨屋で発見する。
そういえば『北欧スタイル』も、アマゾンでは品切れしていた号が別のお気に入り雑貨屋には全号揃っていた。
このテの本は、実はそういうところのほうが見つけやすいのかもしれない。

パラパラとめくってみると、巻末には掲載されているうちいくつかの作品の作り方も書いてあった。
marimekkoの布は高くてとても買えないけれど、marimekkoのような大ぶりなデザインは好きなので、今後の作品作り(←まだ言う)のためと購入することにした。

現在がっつり読み込んで、イメージトレーニングに励んでいる(←不毛)。
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2007年11月10日

太陽の塔

太陽の塔

『太陽の塔』を読む。

『夜は短し歩けよ乙女』の森見登美彦氏のデビュー作である。
『夜は短し』が思いのほか面白かったので、引き続き手に取ってみた。

主人公は休学中の大学五回生。
貧乏で男汁に溢れた学生生活を送っていたが、あるとき奇跡的に彼女ができる。
しかしその奇跡も長く続かず、主人公は振られてしまう。
難しい、というかややこしい性格の主人公は、その事実をなかなか受け入れることができず、
再び戻ってきた男汁生活のなか、日々妄想とストーカー行為に明け暮れている。
と書くと、なんだかヤバイ話のような気がするが、実際ほんとうにヤバイと感じるときもある(←オイ)。
デビュー作ということもあってか、『夜は短し』よりもずいぶんとトンガっている、というか濃ゆいのである。
『夜は短し』の場合、女性を中心に据えることで、森見氏特有の濃ゆさがうまく中和されていたのかもしれない。
正直女性にはちょっと読みづらいかとも思うが、それでもがんばって読み進めていけば、最終的にはしんみりと切ない気持ちにさせられる。

失恋は辛い。自分ではどうにもできない。その事実の前では、皆とても無力だ。
けれどいつかは失恋を受け入れ、再び前を向かなくてはならない。
それには時間も気力も体力もたくさんたくさん必要である。

この主人公もたくさんの時間とたくさんの気力とたくさんの体力を使って、不器用にバタバタしながら、ゆるやかに失恋していく。
どんなに考えても、どんなに走り回っても、彼女はもう戻らない。
それを彼はゆっくりと、ほんとうに受け入れていく。その過程は読んでいて切なくなる。

きっとみんなそれぞれのやり方で四苦八苦しながら、次の恋へ向かうのだ。この主人公と同じように。

余談だが、森見登美彦氏のブログはとても面白い。
なかでも森見氏がウルトラに憧れている本上まなみさんに初めて出会ったときの話はいまだお気に入りで何度も読み返し、そのたびに笑わせてもらっている(←すべらない話?)。
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2007年10月27日

レインツリーの国

レインツリーの国へようこそ

心の奥に、ずっと大切にしまいこんでいるモノがある。
それは誰かの描いた絵だったり、誰かの奏でた音楽だったり、誰かが書いた物語だったり、さまざまだ。
仮にそれが形のないものであったとしても、心の中では確かな形を持って根付いている。
そういうモノは誰にでもある、と思っている。

けれどソレについて、他人と話すことはとてもむずかしい。
万が一、ソレをめぐる会話で何がしか否定的な意見が出ると、今までの自分の人生を、価値観を否定されたような気持ちになってしまう。
人の考えはそれぞれだし、自分がソレを大切に思う気持ちが揺らぐわけではない。
けれどそれはとても辛いことだ。

とはいえ、心の奥にしまいこんでいる大切なモノが同じ相手にめぐり会うときもある。
この貴重な幸運の前で、人はどうなるのか、どうするのか。

『レインツリーの国』はそこから物語が始まる。

「ひとみ」という女性が「レインツリーの国」というホームページを持っている。
彼女はそのサイトに、心にずっとしまいこんでいたある小説についての話を書く。
それをたまたま「伸」という男性が読むことになる。
「伸」は驚く。なにせ自分もその小説のことが長い間心にひっかかっていたからだ。
誰にも話したことのなかったその小説について、もっと彼女と話したいと思った「伸」は「ひとみ」に思い切ってメールを出すことにした――。

とまあ、ありがちといえばありがちの設定だし、延々とやりとりが続くメールの内容には、正直ムズムズするところもある。だが、恋愛の始まりとは多かれ少なかれムズムズするものだ、とも思う。
たぶん(←弱気)。

しかしここから物語は意外な方向へ向かっていく。
最後はまったく別な観点で、ウウムと考えさせられる。

この本は同じ作家の書く『図書館内乱』のなかに小道具的に登場してくるものらしい。
『図書館戦争』『図書館内乱』『図書館危機』と続く図書館シリーズは有川さんの代表作なので、ある程度内容を分かって『レインツリーの国』を読んでいる人も多いのだろう。

ちなみに私は『図書館戦争』しか読んでいなかったので、この本の内容もまったく知らなかった。
しかしこれで『図書館内乱』を読む楽しみも増えた。なんだか得した気分である。
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2007年10月17日

北欧スタイル

北欧に行きたい

『北欧スタイル』という雑誌がある。
その名のとおり北欧の家具や雑貨が美しい写真とともに紹介される雑誌である。
近頃、出先で本屋に寄るたびに、私がこの雑誌を手にとってため息をつくものだから、
「もう買えば」
と夫が通販で注文してくれた。

彼はやるといったらやる男なので、現存するバックナンバーすべてという大人買いである。
「どうせ全部買うんやろ」
とはなんてなんて鋭い言葉か(テヘ)。

私は普段ほとんど雑誌を読まないのだが、『北欧スタイル』と『yomyom』は別格だ。この2雑誌の背表紙がならぶ本棚は、想像するだけで私をとても幸せな気持ちにしてくれる。
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2007年10月12日

カレーライフ

美味しいカレーを食べよう

ずいぶん前のことになるが、書評サイトを巡っていてある本を見つけた。
書店を訪れた際、手にとってみる。
そして、帯に書かれたこの文章にすっかり魅了されてしまう。

『人は死ぬものなのだと知ったのは、カレーライスを食べた後だった。
 その死が僕とカレーを結びつけ、もう一つの死が背中を押した。
 長く奇妙なその旅に、僕の平穏な生活は丸ごとのみ込まれていった。
 それでも僕は、カレーライスが大好きだ。
 カレーライスを作るとき、無闇やたらと幸せな気分になることがある。
 僕らみんなが、何か大きなものに包まれているような気がするのだ』


この本は間違いなくニオう。カレーのニオイではなく。
わけのわからない確信を持って、その場で購入する。
その本の名は『カレーライフ』

カレーを巡って世界中を飛び回る、とても、とても長い物語である。
今では文庫も出ているが、当時はハードカバーしか出版されておらず、分厚い本の中には二段組で文字がギッシリ詰まっていた。長い物語が好きな私は、それだけでもずいぶんワクワクしたことをよく覚えている。

内容も期待通り、読み応えがあって、いろんな人のいろんな物語が混ぜ込まれ、それらすべてをのみ込んで、結末へ向かって熟成されていく。じっくり煮込まれたカレーが美味しさを増していくように。
読み終わると、当然のことながらカレーライスがものすごく食べたくなる。この日の夕食は、もちろんカレーライスである。

***

今はまだ同じ本を読み返したいとは思わない。それはとても勿体無いことのような気がしている。
しかしいつか私が年老いて、もう好きな本だけを読んでいたいと望む時が来るかもしれない。
そんなときのために『いつか読み返したい本リスト』というのを勝手に作成しているのだが、『カレーライフ』はそのリストの中にしっかりと名を連ねている。
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2007年10月05日

ぶらんこ乗り

ぶらんこ乗り

あるところに、空中ぶらんこに住む夫婦がいた。
たかいたかい場所にあるそれぞれのぶらんこに乗って、ゆらゆら揺れながら暮らしていた。
どうしてかはわからない。ふたりはとにかくそういう運命だった。
あるときふたりは手を握ろうとした。
ぶらんこに勢いをつけて、タイミングよく手を握りあう。力強く、しっかりと。
妻がいう。
「わたしたち、ずっと手をつなぎつづけることはできませんのね」
夫はこたえる。
「ぶらんこ乗りだからな。ずっと揺れつづけるのが運命さ。
 けれどどうだい、こうしてほんの少しでも、おたがいに命がけで手をつなげるのは、ほかでもない、素敵なこととおもうんだよ」

いしいしんじの『ぶらんこ乗り』は、つまりそういう作品だった。
ちなみに上の話は作中で弟が書いた「おはなし」として登場する。

あちら側とこちら側を揺れ動く「私」の弟。
ずっとこちら側にとどまっていられない絶望と、かならずこちら側へ戻ってくるという希望をあわせ持っている世界一のぶらんこ乗り。
だから弟はきっと帰ってくるのだ。ぶらんこがしかるべき引力にのって、あちら側から戻ってくるように。

またしても電車内で読んでしまい、涙を抑えるのに苦労したのであった。
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2007年09月28日

夜は短し歩けよ乙女

乙女とハルさん

『夜は短し歩けよ乙女』を読む。

今年の本屋大賞2位だったこの本は、その評判どおり、読み終わるのが惜しいと思える小説であった。
作者は森見登美彦という。28歳の男性である。京大出身で、独特の文章を書く。
京大出身で独特の文章を書くといえば、日野啓一郎もそうだが、日野氏に比べるとずいぶんとフレンドリーな感じがする。
日野氏を史的な漢文とすると、くだけた古文といったところか。

主人公は「彼」と「彼女」。
「彼」と「彼女」は同じ大学のクラブの先輩と後輩である。
「彼」は出会った瞬間「彼女」に一目ぼれをし、なんとか「彼女」に近づきたいと、試行錯誤、七転八倒、四苦八苦、右往左往、悪戦苦闘、五里霧中、まあとにかく大変な苦労をしている。
一方「彼女」はそんな先輩の様子にまったく気づかず、いたってマイペースに大学生活を楽しんでいる。

物語は4つの章に分かれている。

第1章、「彼女」が夜の先斗町を歩き回る。
第2章、「彼女」が古本市を歩き回る。
第3章、「彼女」が学園祭を歩き回る。
第4章、「彼女」がひどい風邪が流行するなか、知り合いを見舞いに歩き回る。

「彼」は「彼女」のストーカーもどき(←というかもうストーカー)なので、夜の先斗町にも、古本市にも、学園祭にも出現する。
しかし「彼」はなんというかとてもややこしい性格なので、毎回命がけ(←ほんとうに命がけだ)の活躍をするも、なかなか実を結ばない。

果たして「彼」は「彼女」ときちんと知り合うことができるのか!?(←ハードル低)

そんな「彼」視点で気を揉むのも楽しいが、とにかく「彼女」がとんでもなくチャーミングなので、実際のところ「彼」の不毛な暗躍は二の次であった。
いいかげん「彼」がかわいそうだが、まあ仕方が無い。
とにかくとても面白かった。別の作品も読んでみようと思う。
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2007年09月20日

風が強く吹いている

風が強く吹いている

『風が強く吹いている』を読む。

破格の家賃に惹かれて「竹青荘」に集まってきた10人の学生たちが、箱根駅伝を目指す話である。

最初は「竹青荘」住人のひとり、元陸上選手のハイジに乗せられた感のあった住人たちであったが、日々走り続けていくうちに、それぞれに何かを想い、何かに手を伸ばすようになる。
それは自分のこれからの人生だったり、大切な家族や友達のことだったり、走り続ける先に見えるひとりぼっちの美しい世界だったりする。
すべてを走り抜けたとき、彼らは何を想い、何を手に入れるのか。
この物語では、そんな「竹青荘」の住人が、ひとりひとり、とても丁寧に描かれている。

箱根駅伝は10区間を10人の選手が襷をつないでリレーする。
団体競技であるにもかかわらず、各選手はたった一人で20キロもの距離をひた走る。その間、誰も選手に触れることはできない。
走る、というのはひどく孤独な行為だ。けれど、その孤独をつないでゴールを目指す駅伝、そこには確かに強い絆がある。
だから選手は熱があろうと足がつろうとお腹が痛かろうと、必死で前に進み続ける。
だからみんな目が離せない。応援せずにはいられない。

「強くなれ。きみを信じる」

速くなれ、ではなく、強くなれ。
途中、仲間にかけるハイジの言葉は、とても印象的だ。

「竹青荘」の住人たちは、生き方も、価値観も、走るという行為に対する想いも、抱えているものも、バラバラだ。
けれどみんなとても仲がよく、それぞれが魅力的で、いとおしい。
駅伝という苦しくも優しい夢の中、彼らの時間はキラキラと輝きながら過ぎていく。
この時間が、それほどまでに美しく輝いていたことを彼らが知るのはきっとずっと後のことだ。
けれどその光は、彼らの未来を優しく照らし続けることだろう。
人生のなかに、そういう鮮やかで美しい時間があるというのは、とても幸せなことだ。

不運にも同時期に『一瞬の風になれ』という本が出て(←こちらは短距離走が中心のようだ)、それが本屋大賞を受賞してしまったものだから、個人的にどうにもションボリなイメージがついてしまっていたが、そんなことはもうどうでもよくなるくらいに、とても素晴らしい物語であった。

読み終わった後に表紙を見なおし、またしてもじんと来てしまう。
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2007年03月09日

博士の愛した数式

博士の愛した数式
■■博士の愛した数式■■

いつまでも読んでいたい物語がある。
解き明かすべき謎はなく、たいした事件が起こるわけでもなく、ただ淡々と毎日が過ぎていくだけなのに、登場人物たちの過ごす時間と空気はまぶしく、そしていとおしい。

『博士の愛した数式』もそんな物語だった。
小さな手で世界を支える数字たちを愛する数学者だった博士は1975年、事故に遭う。以来80分しか記憶を保てなくなった博士の記憶はは1975年以前と80分前までのことだけになってしまう。
だから博士は体中にメモを貼り付けて毎日を過ごしている。

胸の一番目立つところにあるメモにはこう書かれている。

「ぼくは記憶が80分しか保てない」

その博士のもとへ派遣されてきた家政婦の「私」と息子のルート。
「ルート」という名前は博士がつけた。ルートの頭が√記号のように平らだからだ。

「おぉ、なかなかこれは、賢い心が詰まっていそうだ」
「√を使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」

ルートの頭をくしゃくしゃなでながら、そう言って博士は微笑む。
80分しか記憶のテープを持たない博士は、毎日初対面の挨拶を繰り返す。それでも「私」とルートは細やかな気配りと深い愛情をもって博士と接する。

そんな彼らの時間はとても穏やかであたたかい。
時々小さなすれ違いはあるものの、相手を思う心は強く、まっすぐで、揺るぎない。
記憶には残らなくとも、決して失われることのないもの、それは彼らの時間の中に確かに存在していた。

続きを読む(微妙にネタバレ)
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2007年02月21日

月魚

月魚
■■月魚■■

三浦しをん『月魚』を読んでいる。
以前2ページほどの掌編を読んだことがあるだけで、長い小説を読むのはこれが初めてだ。
図書館でなんとなく目に留まり、なんとなく借りてきてしまった。
三浦しをんが彼か彼女かもわからないし、今読んでいる作品がこの作家にとってどういう位置づけのものかもわからない。
けれど今こうしてこの作品を読んでいるのはきっと何かの縁なのだろう。

私と本(作家)の出会いはこうした偶然が結構多い。
いちいち前評判を調べたりするのが面倒というのもあるが、むしろこういった偶然の出会いを好きなのだ。

残念ながらその作品が面白くなかった場合、その作家をそれ以上読む気がしなくなる。
しかし、たまたまその作品が作家の得意分野ではなかった、という可能性は残る。
恋愛モノを書かせたらピカイチなのに、あえてアクションにチャレンジしてみた(そして返り討ちにあった)作品かもしれない。
そう考えると偶然に頼るというのも勿体ないところはある。

けれど、それでもいいんじゃないか、とも思う。
私とその作家との間にそれだけの縁しかなかったのだ。
それに私には、出会うべき作家にきちんと出会うことができるという根拠のない自信がある。

三浦しをんはまだ1/5しか読んでいないのでなんともいえないが、なんとなく心をざわざわさせてくれる作家のようだ。
posted by 飼い主M at 00:05| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする