2006年11月17日

タンノイのエジンバラ

タンノイのエジンバラ(文庫版)
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いつもより早めに家を出る。
たまにはどこかでのんびり本を読みながらモーニングを食べるのも悪くない。
そんなわけで、会社の近くにあるコーヒーショップで、デニッシュサンドとコーヒーを飲みながら、長嶋有『タンノイのエジンバラ』を読む。
本屋で背表紙を見たときから、タンノイ王国のエジンバラ市の話だと勝手に決めつけていたが、実はタンノイというメーカーのエジンバラというスピーカーの話だった。
『タンノイのエジンバラ』は4編からなる短編集で、今はもう最後の「三十歳」を読んでいる。
長嶋有氏は写真を見るといたずらっぽい目をしたひげもじゃの男性なのだが、驚くほど繊細な文章を書く。
『タンノイのエジンバラ』に収められている「三十歳」も「夜のあぐら」も女性視点の物語なのだが、いずれも女性作家が書いたといっても誰も疑わないだろう。さすが川上弘美さんの友達だ、とヘンに納得する。
posted by 飼い主M at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

グッドラックららばい

グッドラックららばい(文庫版)
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「幸せなんてわけのわからないもの、いらない」

平安寿子『グッドラックららばい』の登場人物、片岡立子(りっちゃん)の台詞である。
信用金庫勤続40年の父(←趣味は貯金)、「ちょっと家出します」と言ったきりもどらない母(←でも時々電話したり土地の土産を送ってくる)、次々とダメ男と付き合い、貢ぎながらも飄々と生きる姉、積子(←積立預金の好きな父がつけた)、りっちゃんはそんな三人に囲まれて育った片岡家の次女である。
小さい頃から貧乏とケチとささやかな幸せ的なものを憎み続けて20年。
必死の努力で名門私立女子大に入ったりっちゃんは、セレブにのし上がるため、全身全霊を懸けてさらに走り続ける。
りっちゃんはとにかくめげない、くじけない、へこたれない。
目的に向かって一直線、回り道なんか絶対にしない。
いつもどこかをキッと睨みつけている。
本来苦手なタイプの筈だが、ここまでくるとなんだか潔く、応援したくなる。
上の台詞も、りっちゃんが言うと、なんだかものすごく説得力がある。
名言だなぁとしみじみしてしまうのである。
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2006年11月14日

青空の卵

青空の卵(文庫版)
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坂木司の『青空の卵』を読んでいる。
鳥井真一というひきこもりの青年と僕(坂木司)が日常に起こる小さな謎を解決していく短編集である。

鳥井真一は複雑な生い立ちと非凡な才能が災いして、現在、僕(坂木司)を除く世界のすべてと交渉を断っている。
僕(坂木司)はそんな鳥井真一をなんとか外の世界へ連れ出そうとしている。
けれど心のどこかに、いつまでも鳥井真一とこうしていたい(独り占めしたい)という気持ちも持っている。
それをきちんと自覚して、時々落ち込んでいたりもする。

僕(坂木司)が素直な優等生すぎるせいか、ときどき理想論が強すぎてついていけない部分があるが、それでも僕(坂木司)の語る言葉は優しく温かく、心に染み入ってくる。

 平凡な僕の前に舞い降りた、いびつな形の奇跡
 非凡な物語を語る、不安定な心

この本、実はシリーズもので、この後に「仔羊の巣」があって「動物園の鳥」で完結しているらしい。

それぞれの本に謳い文句がついていて、
「卵から巣へ」
「鳥井真一は飛び立つか」
とある。

卵から巣へ、変化を続ける鳥井真一は飛び立てるか。
そのとき僕(坂木司)はどうするのか。
今からとても楽しみである。
posted by 飼い主M at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

陰日向に咲く

陰日向に咲く
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劇団ひとり『陰日向に咲く』を読む。
会社の人がたまたま持っていたので貸してもらった。
世間の評判が思いのほか良いので、いつか機会があれば読もうと思っていた。
実際読んでみると、ほんとうに思いのほかおもしろかった。

5つの短編からなる連作小説である。
それぞれの短編の主人公が次の短編と微妙にリンクしており、すべての短編を読み終わると、それなりのカタルシスが得られるようになっている。
よく言えば、ほんとうによく言えば、伊坂幸太郎『ラッシュライフ』『グラスホッパー』的な小説だった。
劇団ひとりはネタもたいしておもしろいと思えないし、本人の雰囲気もあまり好みではないのだが、メルヘンでエキセントリックな性格というのは、こういうところで活きるのだなとヘンに感心してしまう。
posted by 飼い主M at 22:23| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

オーデュボンの祈り

オーデュボンの祈り(文庫版) 
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「祈る」という言葉がわりとすきだ。
祈るという行為は無償であり、同時に無力だ。
けれどそのまっすぐで一途な想いのなかに、あたたかで確かな光を感じる。

「人が祈っていいのは、自分の力が本当に及ばなくなったときだけだ」

山下和美さんが『天才柳沢教授の生活』のなかでそう書いている。こういうシンプルな潔さがとてもすきだ。
それはほんとうにその通りで、結局のところ「祈り」は自己満足に過ぎないのかもしれない。
祈ってもなにも変わらない。祈ることでは願いはかなわない。
けれど人間は祈らずにいられないときがたぶんある。
その祈りのなかに、自分ではない誰か(何か)に対する静かであたたかな愛情があると思いたい。

なぜこんなことを書いたかというと、『オーデュボンの祈り』という本を読んだからだ。
作者は伊坂幸太郎という人で、少し前に彼が発表した『重力ピエロ』という作品は、しばらく話題になっていた。
本屋に平積みされた『重力ピエロ』の帯には、編集者をして「小説、まだまだいけるじゃん!」と叫ばせたという本当かどうかすこぶる怪しいエピソードが書かれていた。
この小説は、実際に何か賞を取っていたような気がするが、私としては帯に大きく書かれた「小説、まだまだいけるじゃん!」が忘れられず、いつか読もうと思った作家だったのだ。

続きを読む(微妙にネタバレ)
posted by 飼い主M at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする